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えいがきのえいが【90年代生まれ視点の映画レビュー】

90年代生まれ視点の映画レビュー 当ブログは個人的な意見をバカ正直に綴ったもので、映画の品質を保証するものでもありません。映画を否定しても、その映画に関わった人物を否定しているのではありません。例え人をバカにしても、それはその人を尊重した上での行為です。

奇跡の人【モノクロで表現される色鮮やかな演出】

 1959から舞台として、アメリカを始め、日本でも公演されているものを1962(日本では翌年)に映画として公開された
奇跡の人
について今回は語っていきます。
 どうやら少女漫画で何度も漫画家されてるみたいですね。うぉー、うぉー。


まあ、とりあえず差し支えのない程度(DVDのあらすじに書いてあったこと)のあらすじを…。

 舞台はかの有名な(当人は社会科がダメダメなので、名前以外さっぱりわかりましぇん)ヘレン・ケラーが幼少期だった時代。ヘレンは生後19ヶ月にして高熱により視覚と聴覚を失います(盲ろう者)。彼女は盲ろうの影響で言葉という概念を持たず、行儀やモラルというものも無い野生児となってしまいます。
 そんなヘレンが7歳の時です。アニー・サリバンという女性が、ヘレンの家庭教師としてやってきます。アニーもヘレンと同じく目に障害をもっているのです(この時はすでに手術で視力は改善されている)。
 アニーはヘレンに早速手文字を教えるも、言葉の概念を持たないヘレンに苦難します。
 一方、ヘレンの両親は彼女を甘やかすばかりでした。そんな姿を見たアニーは、親とヘレンを離すべく、二人で遠い屋敷でしばらく暮らすことに…。


 はい、この作品、めっちゃくちゃ良いです。子役だからってナメてましたけど、半端ないです。
 作品自体は100分ちょいですが、すっごい表現豊かです。お腹いっぱいになりました。

 特に、何分にもかけて繰り広げられるヘレンとアニーの取っ組み合い(?)は素晴らしいです。ヘタしたら「何やってんだこいつら」ってなるところですよ、コレ。それがどうでしょ、まるでどっちの味方についてもダメじゃないですか!!
 言い方が悪いですね…。とにかく、「葛藤」を描いた作品が、観客を葛藤させるような独特な映画なんですよ、コレ。

 なにせ、今のヘレンの状態では社会に出ることはおろか、生きることさえ困難ですから、教育が必要なのは誰だってわかります。ですが、アニーのやり方ではリスキーすぎる、だからと言ってこんなリスキーなやり方でないと、ヘレンは何も変わりはしません。
 そういう葛藤です。

 また、アニーの過去についても触れられており、こちらも必見。
 ハッキリではなく、じわじわ、ゆらゆらと、とにかく曖昧な表現がなされています。しかし、そんな曖昧な表現で、私は物凄いアニーの感情を感じました。むしろこういう表現だからこそなのでしょうか……私にはハッキリとは分かりませんでした(๑´•.̫ • `๑)<頭悪いので

 クライマックスは驚き。まさに奇跡が起きるわけですが、これまた独特です。こういう系統の映画って、とりあえず何かと客を泣かせたがるわけですが、今作は『泣ける』とはちょっと違います。感動することには変わりませんがね。
 確かに、これまでの悲しみや葛藤、苦しみに反しての、あのとてつもない喜びにはぐっと来ます。ただ、そんな感動は同情によるものではなく、客観的なものでした。客観的な感動、つまり、「あぁ~、よかったよかった」というカンジ、いい意味で。

 コレを観たら、ホントにヘレン・ケラーという存在は奇跡そのものであり、彼女に生涯を捧げたアニー・サリバンはまさに『奇跡の人』であるのです……………………

ってフィクションかい!!